毛 芯 の 歴 史
 わが国の毛芯の歴史は、戦前と戦後に画然と分けることができる。
戦前は総て輸入で賄い、戦後昭和23,4年頃に家内工業で始まったのが、わが国の毛芯のは
しりといえる。
 戦前は昭和初期に和服から洋服の時代に入ったものの、毛芯はイギリス、ドイツを主とする
欧州からの輸入に依存していた。昭和12年以降戦時体制に入り暫時国民服・モンペの着用と
なり、芯は麻芯・ガラ紡芯が主流を占めていた。従ってわが国の毛芯の歴史は愛知県から岐
阜県に跨る地域で戦後の家内工業として始まったのが幕開けである。
 昭和20年代はガラ紡・麻芯の黄金時代を飾り、その後毛芯が昭和30年代に入り飛躍的に
伸びた。昭和30年代中盤には岐阜県岐阜・大垣地域が主産地となり、以降現在に至るまで
紡績・織布・整理の一貫分業体制が確立し、大企業には出来ない特殊地場産業として成長す
るにいたった。
 紡績・整理両分野における技術革新と設備の近代化により量産に入った毛芯は、需要の高
級化と共に大衆化し、紳士服には欠かせないものとなった。
 昭和36,7年頃より東南アジア・中近東・北米・更に欧州・南米・豪州と伸展し昭和40年代
に入り世界一の輸出国となる。技術面でも研究開発された人髪原料を巧みに生かす紡織技
術はわが国固有のものであり、この人髪毛芯は北米・欧州を始め、海外で品質・コストの両面
から極めて好評で、輸出の大半を占めていた。総じてわが国の毛芯の歴史は、生みの親欧州
が100年の歴史を培ってきたのに対して、僅か20年で同格にはいったといえる。
 昭和50、60年代に黄金時代を迎え、その後、後進国の追い上げや縫製基地が中国をはじ
めとする海外に移ったこともあり、国内の生産は減少している。
 最近は表地の多様化やファッションのカジュアル化が進み、毛芯縫製率が減少し益々逆風
が吹いている。また産業界や社会全体には地球への環境負荷軽減が叫ばれています。この
様な環境の中、これからの毛芯を考えると、地球に優しい物作りが要望されている。この点毛
芯は天然繊維が多く、またリサイクルしやすいので、地球への負荷は小さいといえる。


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